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【死体女は付き纏う】

毎年夏のお話。
 
 連日の夜更かしでふらふらする体を引き摺りながら、その日も深夜の二時頃に作業を終え、席を立つ。その時、この世で最も苦手な音が背後から聞こえて、僕はぎくりと硬直する。

 ゔうぅ……。

 ゆっくり振り返れば、僕の爪先30㎝程のところで背を丸めて蹲った女がゔうぅ、と泣いている。思わずひ、と息を飲めば女はまた、ゔうぅ……と泣く。僕は極力平静を装うと、足音も立てずに台所へ行っては包丁を持ってくる。数度それを素振りすれば、この夏に似たような場面で何度もお世話になったモノは、するりと僕の手に馴染んだ。僕は微動だにしない女の背中にそっと近寄る。女の長い黒髪が床に蜷局を巻いている。ゔうぅ、という音とともにそれが細かく蠢いて、僕は逃げ出したくなる。
 ぐ、と包丁を握りなおすと、僕はそれを女の背中に向かって振り下ろした。一回だけ刺せば、女は大げさなまでに悲鳴ををあげては僕の爪先に身を投げ出す。白い足が天井に向かってびくんびくんと痙攣している。僕はそれに思わず飛び退く。けれど女は足を震わせて泣くばかりで一向に動こうとしない。僕がまだ幼い頃には、女は錯乱して部屋中を跳び回ったものだったのだが。あの時は僕の刺し方が弱かったのか、それとも違う女だったからだろうか。

 ともかく今度の女が大人しいのは僕にとっては幸いだ。ゔうぅ、と泣き続けては時折足をばたばたと動かす女に、僕はもう一度近付いて、今度はその顔面に包丁を振り下ろす。本来目があるべきところには、到底目とは思えぬような気味の悪い幾何学模様の球体が填めこまれている。僕はそれをなるべく見ないように執拗に包丁を振り下ろす。数度刺して、様子を見て、また数度刺しては様子を見て。その度に女はゔうぅ、と泣いては足をひくひくと痙攣させる。それを果たして何度繰り返したことだろう。部屋にはなみなみと血液が溢れ、僕の足首までをすっぽりと覆ってしまっている。僕はまた刺す。ゔうぅ。女はまだ動きを止めない。刺す。ゔうぅ。刺す。ゔうぅ。




 かれこれ三十分はそうしていただろうか。いや、実際にはほんの五分程度かもしれない。先に音を上げたのは僕の方だ。すでに女は原型を留めていない。滅茶苦茶になった肉塊から、いまだに白く細いままの足がびくびくと、生を主張するように痙攣し続けている。一体いつになったら動きを止めるのか。分からない。どのみちこれだけ刺せば、こいつはもう助からないだろう。僕は女をそのままに、布団に潜り込んだ。



 そういえばあの女はどうなったのだろう。昼過ぎになって、僕は布団の中で女のことを思い出す。昨夜の惨状が嘘のように、現場には女の姿はもちろん、血の跡すら無い。きっと僕が起きる前に誰かが片付けたに違いない。僕の記憶から、女の姿は綺麗に消えた。
 シャワーを浴びたい。
感情のまま浴室の扉を開ける。その瞬間、僕の足元に何かが落ちた。黒い塊だ。目を凝らして見れば、それはあの女だった。ぐちゃぐちゃの肉片と、蜷局を巻く色艶を失った髪。昨夜と違うのは元気に跳ねていた足がばったりと床に投げ出されていることくらいだろうか。   
どうしてあの女がこんなところに。僅かな疑念を無表情の仮面の下に隠し、僕はシャワーのコックを捻ると女を洗い流す。女の体は排水溝の隙間に挟まって、いつまでもそこに留まる。何だか気概が削がれて、僕は目的を果たさず浴室を出た。




 今、何の気なしにこの些細な出来事を書き連ねている。書き終わったら風呂に行くつもりだ。あの女は今も排水溝に留まっているのだろうか。恨めしそうに、ゔうぅ……、というあの不快な泣き声こそ上げなくても。


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【 2014/10/29 (水) 】 小説 | TB(-) | CM(0)
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