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【船上の人魚は愛の海を吐き続ける】

世界を丸呑みした人間の少女と、愛に溺れる人魚姫のお話。



 私は茫然と奴を見ている。
 そいつは大食らいだ。周囲に散在する全てのものを、その小さな口に押し込んで、直径も大して無い食道に引き摺り下ろしては、やたらめったらに分泌される胃酸で原型も留めぬほどにどろどろに融解させて消化する。
 パンも、家畜も、家も、山も、世界を構成する一切のものを奴は食らう。細い腰をくねらせて美味礼讃、舌鼓を打つ。世界を構成するものは奴の腹内に消えていく。世界は、消えていく。私を取り囲む世界は消えていく。

 『貴女を独りぼっちにしたいの。何物にも囚われなくなった自由な貴女を、私が捕らえたい』

どうしてそんなに空腹なのかと問うた私に、彼女はそう言った。腹が減っているのではない。世界を、減らしたいのだと。
 胃に入りきらなかった海が、彼女の食道を逆流して、溢れる。彼女はえづいてゲエゲエと吐く。その吐瀉物は瞬く間に湖となって私を飲み込んだ。酸臭い水に流され揉まれて、私は酸素を求めて口を開く。死に掛けの金魚のようにはくはくと口を開閉していると次から次へと海水が入り込んできて、あっという間に私の五臓六腑を満たしていく。
苦痛は、感じない。だってこれは彼女の愛なのだ。私だけに向けられた愛に満たされ、溺れていく……。
目を閉じようとしたその瞬間にざぶり、魚の鱗に覆われた腕が水面を割って、私の首を鷲掴む。その手は溢れ返った愛の渦から、私を彼女の元まで引き摺り上げた。そうして、やっぱり私もゲエゲエと愛を吐くのだ。
 世界はとっくに彼女に消化されてしまって、真っ白な世界に彼女と私の愛が満ちる。ざぶざぶと波を立てる、塩味でわずかに酸っぱい私たちの愛の上に、泥で出来た小舟を浮かべて彼女は愛おしそうに私を抱きしめる。私といえばほんの少し緊張して、そのせいで増した運動エネルギーが、このちっぽけな泥舟を愛の中に沈めようとする。

 『これで、世界は無くなった。貴女は独りよ』
幸福そうに笑う彼女。私は彼女の腕に抱かれたまま、それを聞く。
 『独りなんかじゃないわ。だってあなたが居るもの』
 『独りよ。これから、貴女は独りぼっちで生きていくの。ずっと私を想いながら‼』
彼女は笑い叫んで、勢いよく立ち上がる。小舟が酷く揺れて、私は慌てて舟の縁にしがみ付いた。危ないよ、と非難する私に彼女は花の綻ぶような笑みを向けた。

 『ねえ、ずっと私を想って。愛してくれなくても良い、ただ私を貴女のナカに住まわせて。一生のお願いよ。これが私の、唯一にして絶対のお願いなの』
そう言うと、彼女は両手を広げて後ろ向きに水面に飛び込んだ。彼女の小さな体は、飲み込んだ世界の質量でぐんぐん沈んでいく。

 『待ってよ、待って‼』
遠ざかる彼女に必死に手を伸ばすも、私の手は水に浸かると魚の鱗となって四散してしまう。

 そこで私は初めて、自分が永遠の時を生きる人魚であることを知るのだ。独り乗りの小舟はきっと沈まない。私は永劫、白の世界で満ち満ちた愛の海を漂うのだ。彼女を想い続けながら。私の為に世界を食んだ彼女の思う通りに。
 私の世界と成った、かつて人間だった彼女もまた、底など無い愛の海を延々と沈んでいくのだ。彼女は幸せだろうか?

 私は、幸せに酔い、今も愛を吐き続けている。

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【 2014/07/30 (水) 】 小説 | TB(-) | CM(0)
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