あなたは今、自室のベッドの上で携帯の画面から、この文章を読んでいます。
何故、数多く投稿されている小説の中からこの文章をチョイスしたのか。それは貴方にしか分かりません。タイトルに何らかのシンパシーを感じたか、書き出しに気になるものがあったか、あるいは指定されたお題にときめきを覚えたか。ひょっとしたら、ツイッターに同時投稿されたものをちょっとした偶然で開いたのかもしれません。
ともかく、これを読み出したあなたは何かを思い出してふと、コンビニに行きたくなります。携帯を手にしたまま、あなたは部屋を出ます。そこから、玄関へ行く過程であなたは人間に誰一人として遭遇しません。仮に誰かが居たとして、それは本当についさっきまであなたが話していたその人でしょうか。相手をよく見ようとしないで下さい。こちらが“何か”に気付いたと、彼らに悟られない限りあなたの身は安全なのだから。
背中に突き刺さるような視線を感じながら、あなたは玄関を出ます。鍵を忘れないで下さい。家の中に“何か”が入ってくるのを防ぐ為に。そして、家の中の“何か”があなたを追って出てこないように。
さて、コンビニまでは少し距離があります。あなたはなるべく、大通りを避けて人が少ない道を歩こうとしています。その理由は何でしょうか。あなたはこの文章の指摘で気付いてしまったのでしょうか、ヒトが人で無いことに。
正面から、仕事帰りのようなくたびれたヒトが歩いてきます。あなたは下を向いてそのヒトが見えていない振りをする。すると、すれ違いざまにそのヒトは呟きます。
『見えているくせに』
しかし、ギョッとして振り返ってはいけません。それは、あなたの空想にすぎないのですから。
それからは“生きている”人には出会いません。あなたはコンビニへと辿り着きました。
コンビニの店員が普段と変わらずにあなたを出迎え、あなたはそれにホッと肩の力を抜きます。
店内にはあなたの他に客の姿は無く、あなたとレジの店員二人きりです。
あなたは目当てのものを探し出します。それはすぐに見つかりました。当然です、だってここはあなたの行きつけの店なのですから。しかし、私には一つ、疑問があります。何故、あなたは商品を手に取る瞬間に“誰か”を避けたのですか。今、店内に居るのはあなたと店員の二人だけ。他に客など居ないのに。
あなたはこの文章を読んで、慌てて背後を振り返ります。けれど、勿論そこには誰もいません。今、視界の端で店員が笑いませんでしたか。
少し不気味に思いながらも、あなたはレジで会計を済ませようとします。もうお気付きかもしれません。店員もまた、人ではないのです。あなたはそれを知らない振りをして、商品を受け取って店を出ます。自動ドアをくぐるとき、あなたとすれ違いでコンビニに入ってきた人物が居ます。あなたは俯いて、そちらを見ないようにします。それは正解かもしれません。だってその新たな客は、あなたの後をずっと付いて来ていたあなた自身なのかも知れないからです。
あなたは急ぎ足で家路を戻ります。しかし、本当は帰るのも恐ろしいのではないでしょうか。家の中にもまた、あなたの良く知った姿をした、得体の知れない“何か”が居るのかもしれないから。
あなたは来たときと同じように、人気の無い道を戻っていきます。建物と建物の間を覗き込んではいけません。来るときにすれ違った“見えないはずの何か”が暗闇の向こうから、あなたが気付いてくれるのを今か今かと待っているからです。
あなたは隙間を視界に入れないように地面を睨み付けるか、あるいは携帯の画面に映し出されたこの文章を食い入るように見つめています。
来るときはさして意識しなかった、薄暗い灯りの点った電話ボックスが視界の隅を通り過ぎて行きます。何だか恐怖心を掻き立てられるそれが、視界から消えて安堵した瞬間に聞こえるでしょう。あなた以外の足音が。
こんな夜に、そして人通りの少ないこの道を歩いているのは誰だ。
あなたは高まる心拍数を自覚しながら考えます。考えるまでもない、あなた以外に居るはずもありません。背後の足音は、あなた自身なのです。コンビニまであなたの後を付けて来て、出入口であなたと入れ違いになった、あなた自身が戻ってきたのです。そしてピタリとあなたの背後を歩いている。
ひたひたひたひた。
あなた自身であるのに、明らかに人ではない湿り気を帯びた足音。背後に居るのは人ではない、あなた。
ここであなたは堪らずに駆け出します。わざと大きな足音を立てて。まるで背後に迫る足音を掻き消すように。
あなたは息を切らしながら、玄関の鍵を開けようとします。しかし、中々開きません。それは、扉の内側から“何か”が鍵を押さえているせいかもしれません。
やっと鍵が開きました。あなたは急いで中に入ると、鍵を閉めなくてはなりません。そうしないと、追いかけてくるあなた自身が、あなたの家の中にまで入ってきてしまうからです。
鍵を閉めたあなたは自室に飛び込んで、ベッドの隅で膝を抱えます。そして、再びこの文章に目を落とすのです。
お疲れ様でした。
あなたの部屋には、あなたに害を為すものは何一つ入ってきません。
ところで、暗い窓の向こうから、食い入るようにしてあなたを見つめているのはどちら様でしょうか?